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ホーリーソウル 闇を切り裂く少女
ホーリーソウル 闇を切り裂く少女
Author: 桜 こころ🌸

第1話 救世主はシャイな女子高生

last update Last Updated: 2025-05-17 21:19:09

 月明かりしかない静かな夜の公園。

 剣が激しく重なり合う音だけが鳴り響いていた。

 暗闇の中、二つの影がせわしなく動いていく。

 影が交わる瞬間、剣がぶつかり合う音が大きく鳴った。

 一人は屈強そうな肉体をもった男だが、まだ大人とはいえない幼さが残る青年のような顔立ちをしている。

 相手をまっすぐ見据えるその|眼《まなざし》は、血のように真っ赤に染まり、浅い呼吸を繰り返している。

 その男に真っ向から向かい合うのは、小柄な少女だった。

 長い黒髪から覗く大きな瞳に小さく色白の顔。

 華奢な肩を上下に揺らしながら浅い呼吸を繰り返している。

 その体には無数の傷があり、傷からは血が滴り落ちていた。

 圧倒的に男の方が有利なのは目に見えている。

 男が少女に問いかける。

「おまえ……なぜ倒れないっ」

 男はわからなかった。

 なぜあそこまでボロボロになりながら、立っていられるのか。

 ――命を張れるのか。

 あの小さな体のどこにそんな力が宿っているというのか。

 少女は口の中に溜まった血を吐き出すと、不敵に笑った。

「そんなこともわからねえのか、てめえ」

 その可愛らしい容姿からは想像できない言葉遣いだ。

 男も以外だと言わんばかりに眉を持ち上げる。

 少女は男をまっすぐ見る。

 その瞳はとても強い意志と光を放っていた。

「腐りかけたその魂を叩きなおすためだっ!」

 少女は手に持っていた白く輝く剣を男の心臓へ向けてかざした。

 男は数秒少女を見つめたあと、可笑しそうに笑う。

「おまえ、馬鹿か! こんなことしても無駄だ、俺は変わらない!

 どうしたって変わらない、どうしようもないことがあるんだ。

 努力ではどうしようもないことが、この世にはあるんだ!

 現状も、自分も、何も……変わらないんだ!」

 男は、苦しそうに叫んだ。

 そして、何かを消し去るように首を振った。

 男は少女を暗く淀んだ瞳で見つめる。

「……おまえは無駄なことをしてるんだぜ、無駄なことに命をかけてる。

 それでおまえに何の得がある?

 おまえが死んだら、ただの無駄死にだろうが!」

 男は右手にある黒い剣を強く握りしめる。

「うおおおっ!」

 男が剣を振りかざし少女に突っ込んでいく。

「無駄じゃねえ。なぜなら、私は決して、おまえになんか負けないからなあっ!」

 男と少女の剣が再び交わり、二人の間に火花が散った。

「殺すのか、俺を……」

 男は地面で仰向けになりながら、少女を見つめた。

 少女は男の心臓に向け、剣を構えている。

 お互い瞳を逸らそうとはしない。

 少女が静かに口を開いた。

「おまえは自分の魔に負けた。

 人間として決して屈してはならないものに負けたんだ。

 魔に侵された人間は、私が排除する」

 少女の瞳には迷いなどない。

 男は何かから解放されたような安らいだ表情になり、そして笑った。

 先ほどの狂気を帯びた雰囲気はもう男から感じられなかった。

「おまえは……強いな。

 俺には無い強さだ。剣を|交《まじ》えればわかる、これが本当の強さだと。

 俺も欲しかったよ――まあ、もう遅いけどさ」

 男の目から、小さな涙が一粒零れ落ちていく。

 少女は涙が溜まった瞳をまっすぐに見つめると、今までより優しい声音で言った。

「手に入れることができるさ」

 少女は一瞬たりとも男から瞳を逸らさず、はっきりと言う。

 男も少女から目が離せずにいた。

「おまえも手にできるさ。……あきらめず、求め続ければな」

 彼女は月に照らされながら綺麗に笑った。

 戦いの中では見せなかった初めての表情。

 とても可愛いい笑顔だ、そう感じ男もつられて微笑んでしまう。

 次の瞬間、少女は男の心臓を白い剣で貫いた。

 男は白い光に包まれ、そして消えていった。

「お疲れ、あゆ」

 暗闇から月明かりの下に姿を現したのは、犬のチワワだった。

 白く綺麗な毛をなびかせ、小さい体から伸びる四本足をチョコチョコ動かし、あゆのもとへやってくる。

 口には包帯をくわえていた。

「ほら、これ使いな」

 あゆは犬が喋っていることに驚くことなく、差し出された包帯を手に取った。

「ありがとう、チワ」

 チワにお礼を言うと、あゆは傷の手当を始める。

 その様子を眺めながら、チワがしみじみと言った。

「それにしても、あゆは戦いの時と普段の人格違うよな」

「だ、だって、しょうがないでしょ。戦いになるとカーッとなって我を忘れるというか」

 本来あゆはとても大人しいタイプの女の子だった。

 あんな乱暴な態度や言葉は使ったことがないし、人前に出るだけでもあがってしまう性格だ。

 剣を振り回すことなんか、絶対にしない。

 しかし戦いとなると、男まさりな言葉遣いや態度に変貌してしまうのだ。

「ま、なんでもいいけど……今回も痛々しいな」

 チワは傷だらけのあゆを見上げた。

 月明かりに照らされたあゆの体は、傷と血で彩られ、なんとも痛々しい。

 まだあゆは高校生、普通の女子高生ならありえない現状だろう。

「悪いな、おまえにばかり辛い思いをさせて」

 チワが申し訳なさそうに目を伏せる。

 そんなチワの顔を持ち上げ、あゆは満面の笑みを見せた。

「大丈夫、私は平気っ」

 傷の残った顔で懸命に微笑むあゆの顔がとても美しく見え、チワは目を細めた。

「あゆ……ありがとう」

 男が目覚めると、そこは病院のベットだった。

 確か部活で足を痛めてしまい、手術をしたんだ。

 そしてその晩に魔族が現れ、契約を交わした。それからの記憶はあやふやだったが、しっかり覚えていることがある。

 あの少女と戦ったこと。あれは夢だったのだろうか。

 足の怪我のせいで、もう二度とラグビーができないかもしれないと医者に告げられ、全て投げやりになっていたとき魔族が現れた。

 最初は驚き戸惑ったが、契約すれば足を完治できると聞き、俺は誘惑に負け魔族と契約してしまった。

 現状から、自分から逃げたかった。

 俺は戦うことを放棄した。

 見たくない現状から目を逸らし、無かったことにしたかった。

 その方が楽だから。

 しかし、今は違う。

 ほんの少しでも可能性があるなら、やれるところまでやってみよう。頑張ってみようって思えるんだ。

 あいつみたいに。

 あんな小さな体で、ボロボロになりながら必死に戦いを挑んできたあの少女。

 俺に勝つまで絶対にあきらめないという強い意志を感じた。

「俺も負けてられないよな」

「何が?」

 不意に声をかけられ、我に返る。

 妹が見舞いにきていた。

「お兄ちゃん、さっきまでぐっすり寝てたね。すっきりした?」

 妹がじーっと顔を見つめてくる。

「あ、いい顔! よかったあ。心配してたんだよ、落ち込んでんじゃないかって」

「俺は……もう大丈夫だよ」

 微笑むと、妹は嬉しそうに笑った。

 あれが夢だったのかはわからない。でも、あいつが残した言葉が胸に響くんだ。

 現実は何も変わっちゃいないし、これからも辛く苦しい日々が続くだろう。

 だけど、もう逃げようなんて思えなかった。

 空を見上げると太陽が輝いて、青空がどこまでも広がっている。

 男は眩しそうに目を細めると、晴れやかに笑った。

「ありがと……な」

 この世には、魔族の魔の手から人々を救っている救世主がいるという。

 それはとても小柄な少女だという噂だ。

 彼女の正体は誰も知らない。

 しかし、その実態は、ごく平凡でシャイな女子高生だったりするのかもしれない。

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